アリシア・エリオット著 誰の言葉で私の痛みは語られるのか エッセイ集『ただ地面に広がる心』

更新日:7月22日

"A MIND SPREAD OUT ON THE GROUND"はアリシア・エリオットによるエッセイ集だ。




 アリシア・エリオットは、オンタリオ在住のTuscarora(タスカローラ:北米大陸東海岸の先住民族の呼称)の作家だ。アメリカで生まれたが「いつも何かから逃げてばかり」の父親に連れられて、オンタリオ州シックス・ネーションズ・オブ・ザ・グランド・リバー・リザーブに移り住む。貧しい家庭環境で育ち、10代での妊娠、出産、そしてトロントでの大学進学を経て、作家として生きていくまでの過程を軸に、先住民族女性として「カナダ」で生きることについて、本書では綴っている。

 最近、カナダ全土で寄宿学校システムによって殺された子どもたちの埋葬場所が、次々と発見されている。西部ブリティッシュコロンビア州カムループスのことは、日本でも大きく報道があったが、これまで合計すると1000人を超える犠牲者の遺体が見つかった。寄宿学校システムは、「教育」の名のもとに行われた「インディアンを殺す」政策だ。「子どもが学校に行って、運悪く酷い先生にあたってしまった」のではなく、国家ぐるみで先住民族の子どもたちを親から引き離し、故郷から遠く離れた施設(カトリック教会によって運営されていた)に集め同化させるための政策だった。

"Kill the Indian in the child (子どもの中のインディアンを殺せ)"

「子どもの中のインディアンを殺せ」というフレーズは、カナダの寄宿学校システムの目的と実態を集約する言葉としてよく使われる。先住民族のそれぞれの文化やスピリチュアリティの核を壊すべしというマインドセットの下、子どもたちは粉々にされたのだ。最悪な衛生環境で十分な食べ物も与えられず、家族にも会えず、英語を話すことを強要される。あらゆる虐待が日常的に繰り返されたり、栄養実験の実験台にさせられたりして亡くなった児童たちもいる。施設内で何が行われていたのか、サバイバー(生存者)たちは今日も、気力を振り絞って証言している。

 アリシア・エリオットは、寄宿学校に送られることは免れた。そのかわり、移り住んだ先々で通学可能な学校に通った。それでも彼女は、世代を超えてのしかかるトラウマと先住民族に対する差別によって、物心ついたときからうつに苦しんでいる。彼女の周りの大人たちもほとんどがうつ状態にある。その心は"A MIND SPREAD OUT ON THE GROUND"なのだと彼女は言う。うつ病を表す、モホークの言葉〈Wake’nikonhra’kwenhtará:’on〉の英語訳だ。「地面にぶちまけられた心」と訳したい気もするが、ぶちまけられた心が、ただそこにじっと、そのまま広がっている。そのイメージでこのタイトルを私は訳した。

"A MIND SPREAD OUT ON THE GROUND"「地面にただ広がる心」

 言語を習得することで、その言語が使われている世界の物の見方や解釈の仕方が分かる、とエリオットは言う。「地面にただ広がる心」には、病的なニュアンスも、正当化が必要なニュアンスもない。ただ「心が地面に広がっている」のだ。それに対し、英語では、"endogenous(内因性)" "exogenous(外因性)" "depression(うつ)" "melancholia(メランコリア)"など、様々な単語があてがわれる。

 しかし、痛みに名前を付けることができれば、癒されるのだろうか? と彼女は問う。「心が地面にただ広がっている」ときに、その苦しみを言葉にすることが本当に可能なのだろうか? 誰の言葉で、彼女は痛みを表現しなければならないのだろう?

It takes your tongue, your thoughts, your self-worth, and leaves an empty vessel. (それは)舌を抜き、思考を奪い、自己価値を失わさせ、空っぽの船体だけにしてしまう。

 そして、エリオットは気づく。それが、カナダによる先住民族に対する植民地主義が行ったことそのものだと。悲しみ、鬱、罪悪感、イライラ、何でも難しく感じ、普通のことができない?

「カナダは私たちの存在のしかたを一掃しようとして、その上で彼らの価値観を押し付けた。それなのに今になって、お前らなんでうまくやれないの?と聞いてくる。」("A Mind Spread Out on the Ground" 11ページ)

 アリシア・エリオットの心は、地面にただ広がっている。そして彼女は、自分の大切な人の心が、地面のいたるところに広がっているのを見てきたのだと思う。いくつもの心に、じっと目を凝らし続けて、ようやく溢れてきた言葉をしたためたのがこの本なのかもしれない。

この記事で紹介した本のタイトル:A Mind Spread Out on the Ground、著者:Alicia Elliott、出版社:Penguin Random House Canada※未邦訳

※寄宿学校システムを含むカナダの構造的人種差別、セトラーコロニアリズムの闇、そして先住民族の人たちの苦しみと戦いについては、青土社から刊行されている「命を落とした七つの羽根-カナダ先住民とレイシズム、死、そして「真実」-」(タニヤ・タラガ著 村上佳代 訳)を推薦したい。ここで挙げた虐待の実態、栄養実験などの詳細、それに対してカナダ政府がどういった態度をとってきたのかなど、包括的に学ぶことができる。



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