キャロル・ブルノー著 画家モード・ルイスが色を求め続けた理由 とは? 伝記『その指先に光を灯して』
更新日:2022年7月22日
"Brighten the Corner Where You Are"『その指先に光を灯して』(未邦訳)は、カナダ東部ノバスコシア州の作家キャロル・ブルノ―による長編小説だ。画家モード・ルイスの人生に感銘を受け、リサーチを駆使してこの作品を書いた。ブルノ―はノバスコシア州を題材に小説を書き、これが7作目である。地元の文学賞常連で、彼女のノバスコシア方言や言い回しが溢れるテキストからは、その地の景色がありありと目に浮かぶ。ノバスコシア州は、『赤毛のアン』のアン・シャーリーが生まれた土地でもある。

私の義母はノバスコシア州に住んでいる。私は2011年にカナダに移民したが(現在は東京在住)、2019年末に帰国するまで毎年2ヶ月くらいずつノバスコシア州に滞在していた。作中に「ファンディ湾のように満ち引きを繰り返す心」という描写があれば、世界一の干満差を誇るあの偉大な海ほどの満ち引きって、すごいドラマチックだなあと衝撃を受けたり、「フレンチーズで買ったブラウス」と見れば、おお、あの雑然としてるけどブランド物が300円くらいで手に入るアウトレット服屋か、と微笑んだりしながら読んだ。(下の写真はファンディ湾のビーチで。これは干潮時。)
画家モード・ルイスについては知っている人もいるかもしれない。彼女は動物や植物、日常の風景を描いたフォークアートの画家だ(ノバスコシア州はラグなどのフォークアートで有名)。彼女の絵は多くの人に愛され、今でも高い人気がある。2018年日本でも話題になった『しあわせの絵の具/愛を描く人 モード・ルイス』(アシュリング・ウォルシュ監督)では、サリー・ホーキンズがモード・ルイスを演じた。貧困と虐待に苦しみながらも、窓から見える景色に目をキラキラさせ、絵筆をとり続ける姿が印象的だった。
モード・ルイスは1903年、ノバスコシア州ヤーモスに生まれ、父、母、兄と家族の時間を大切にする家庭で育った。若年性関節リウマチを患い、学校で差別を受けたこともあって、教育はホームスクールで受ける。20代で妊娠するも、父親の不在を問題視した両親により生まれた子は養子に出された(本人は死産だと知らされる)。それから間もなくして両親が亡くなり、叔母と共に暮らすために同州のディグビー郡に引っ越すが、そりが合わず、逃げ出すためにエヴェレットと結婚する。本書では、主にエヴェレットとの関係と、過去の妊娠出産、そして彼女の創作にかける思いが描かれる。
本書の冒頭、モード・ルイス(以下モード)は既に死んでいて、彼女は天国から私たち(読者)に語りかけている。著者ブルノ―は、モードがあまり口数の多い人ではなかったため、喋らせるかどうか迷ったが、それが彼女の今まで語られてこなかった人生の一部を話すには一番有効だと考えたのだとアトランティック・ブックスのインタビューで答えている。
章タイトルは全て、ゴスペルかカントリーミュージックの曲の題名であるが、モードがラジオから流れるこれらの曲を聞いたのではないかと、思いを馳せながら著者が選んだそうだ。本書タイトルの"Brighten the Corner Where You Are"もエラ・フィッツジェラルドの歌"Brighten the Corner"のサビである。直訳すれば「あなたがいるその場所を明るくして」である。
このフレーズは章タイトルにもなっているが、そこで彼女は彼女のいる場所について、次のように語る。(※ここでの"corner"は「曲がり角」や「隅」でなく「彼女だけの隠された場所」を意味すると解釈している。)
Time doesn't stand still nor does it crawl like it used to sometimes in my corner where flies buzzed and swarmed, and the summer heat and smell of turpentine and old piss made my head ache. (天国では)時間がじっと止まったり、ずるずる這うように流れたりしない。まだ私があの場所にいたときは、ハエが何匹もぶんぶん飛び回り、夏の暑さ、テレビン油としみついたおしっこの匂いで頭が痛くなって、そんな風に感じたこともあったけれど。)178ページ
彼女は夫エヴェレットと住んだ小さな小屋で、絵を描き続けた。紙だけでなく、壁に、机に。描ける表面にはすべて、色をのせていった(現在、全体がキャンバスのようなその小屋はハリファックスの美術館アートギャラリー・オブ・ノバスコシアで展示されている)。思うように体が動かない死に際のベッドでも、こっそりと(ベッドシーツを絵の具で汚して看護師に起こられる場面もある)。
夫の暴力や暴言に苦しむときも、寒くて指先が凍える日も、家族への思いに押しつぶされそうな日も、彼女はまずはその場所から、もっと言うならば、彼女の指先だけでも明るく照らそうと色を選び続けた。彼女の名前「モード」は古ドイツ語の「マチルダ」の変形で意味は「強力な戦士」なのだという。物語中、彼女は敷地内に住み着いたカラスを「マチルダ」と名付ける。マチルダは彼女の目となり、モードにたくさんの色を運んできてくれる。
But I had known since forever that it’s colours that keep the world turning, that keep a person going. (でも私にはずっと分かっていた。世界を、そして人を動かし続けているのはたくさんの色なんだってことを。)
この物語の主人公は、モードであるが、同じくらいスポットライトを浴びるのがパートナーのエヴェレットだ。彼は暴力をふるうし口も悪い。周囲の人は常にモードの身を案じ、逃げるよう直接助言する人もいた。そのたびに、モードは読者に、幼少期から受けてきた差別である程度慣れていること、そして、エヴェレットが「仕方なく」暴力的な人になったのかを説明する。彼は貧しく、自分を守ってくれる人がいないまま大人になったと。
著者もあとがきで指摘しているが、当時のノバスコシア(すごく田舎)では家父長制の価値観がかなり根強く、エヴェレットのように振る舞う男性が稀でなかったこと、そして女性は黙って従うことが美徳とされた一面が、彼女のこうしたマインドセットに大きく影響を与えているとしている。そしてそう理解していた(もしくはしようとしていた)としても、彼女の苦しみやトラウマが消えるわけではない。その点を強調しながらも、生まれついた階級によってその後の人生が決められてしまう不公平さもこの作品は表現している。映画では描かれなかったエヴェレットの末路も、本書ではモードが天国から目撃する形で語られている。(下の写真もファンディ湾。満潮時には干潮時にビーチだった場所をボートが通る)
死後、様々な形で語られ、「悲劇的」な人生を送った画家だとされることの多いモード・ルイス。本書はその悲劇的な面を真正面から伝えながらも、そこにあった彼女の意志、あるようでなかった選択肢、苦しみ、そして確かにあった喜びなどの複雑な人生の機微を、美しくも厳しいノバスコシアの大自然を背景に描き出している。