ピップ・ウィリアムズ著 辞書に載らない彼女たちのことばをなかったことにしないで 歴史小説『彼女たちの言葉の辞書』

更新日:10月14日

『星のせいにして』がもし通らなかったら、こちらも編集者さんにご紹介したいと思って用意していました。この作品は翻訳がどこかからそろそろ出そうな気がしますが……


※ 追記 小学館から『小さなことばたちの辞書』というタイトルで刊行されました!

(訳:最所篤子さん)


原書名:The Dictionary of Lost Words

仮邦題:『彼女たちの言葉の辞書』

著者:Pip Williams

出版社:Affirm Press(2020)

言語:英語(オーストラリア)

分野:フィクション、歴史小説、フェミニストフィクション

総ページ数:384ページ





〇プロット

1901年オックスフォードディクショナリーの編纂が行われる英国オックスフォードにある「写字室」。辞書に編纂される言葉にはジェンダーバイアスがあり、女性たちの日常の言葉が忘れさられてしまうのではないかと気づいたエスメは、自分だけの辞書をつくることを夢見る。「失われた言葉の辞書」だ。エスメの単語収集は女性たちとの出会いへと結びつき、強い絆を築いていく。女性参政権運動の渦、そして第一次世界大戦の暗い闇に翻弄されながらも女性として生きることから目をそらさずに強く成長するエスメの物語。著者の詳細な歴史調査に基づいて語られる。


〇著者について

ピップ・ウィリアムズ。イギリスロンドン出身の作家。シドニーで育つ。共著書にTime Bomb: Work Rest and Play in Australia Today (New South Press, 2012)がある。また、著書にノンフィクションOne Italian Summer(Affirm Press 2017)がある(ともに翻訳無し)。旅行記事やフラッシュフィクションなども多数。長編小説は本作がデビュー作である。


〇各国での反応

『ガーディアン』紙は、本書を「ロックダウン・センセーション」と称している。新型コロナウイルス感染症でロックダウン下にあったオーストラリアで、販売開始一週目でデビュー作にも関わらず(しかも小さな独立系出版社からの刊行)1623部を売り上げ、すぐに5000部の増刷が決まったからだ。その後も売上をグングン伸ばしている。


『シンドラーのリスト』著者のトーマス・ケネリーに「これ以上オリジナリティにあふれる作品は今年もう出ないだろう。そう確信している」と言わしめた。オーストラリアの書評サイト「ザ・アデレイド・レビュー」は、読者を惹きつける素晴らしいライティングによって、辞書編纂において言葉が選ばれてきた過程にあるジェンダーバイアスを提示し、女性参政権や世界大戦の歴史的影響も描写すると評し、言葉に興味のある人なら誰でも本書で紹介される各単語の豆知識にはわくわくするだろうと評す。


amazonレビューは1158件で4.5星獲得(2021年1月)。Goodreads.comでは6777レビューで4.23星を獲得している(2021年1月)また海外出版権はドイツ、オランダ、イタリア、スペイン、韓国にすでに売れている(2020年4月)。


〇所感

言葉に関わる仕事をしている人や、語学学習者たちの興味をもってもらえる作品だ。日本は世界的に見ても言語学習者が多く、言語に対して並々ならぬ敬意と興味を示す人が多い。辞書を題材にした作品は多くあるが、この作品はサイモン・ウィンチェスター著『博士と狂人』(2006年 ハヤカワ文庫NF 鈴木主悦 訳)に着想を得て、同じ時代背景に女性蔑視などへの批判的立場から切り込んでいく。


単語と用例が選ばれていく過程の描写、辞書には掲載されなかったが当時の女性たちが使っていた言葉の用例は、とても興味深い。コーリー・スタンパーの『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険(2020年 左右社)』や三浦しをんの『舟を編む(2015年光文社)』の読者にも手に取ってもらえる作品だろう。また、「ボンドメイド」がオックスフォードディクショナリーから抜け落ちていたというのは実話で、著者は史実を基にしてこの作品を書いている。ミュレイ博士やディッテは実在の人物で、歴史フィクションとしての読みごたえもある。


このような魅力的な点が多くある中で、本書の一番の特徴は「シスターフッド」を強く意識した物語である点だ。女性の登場人物たちが連帯結託し、男性優位社会で人生のありとあらゆる荒波を超えていく。


初潮のシーンを克明に描き、1900年初頭女性がどのような生理用品を使用し、それがどのような使用感だったかなど、女性の時代を超えても変わらぬ苦しみを様々な角度から描いている。


〇参考

著者はオックスフォード辞書から「ボンドメイド」が抜け落ちていたという事実を知り、男性だけで構成されたメンバーで辞書が作られていたことに初めて気が付いたという。そして、そこから様々なリサーチの上、本書を書き上げた。


また、本作はスペイン風邪が流行する少し前の時点で終わっており、著者は続編を既に書き始めている。続編では、スペイン風邪が猛威を振るうイギリスが舞台となり、現在の新型コロナウイルス感染症が流行っている世界の現状を鏡写しにする作品になり、続編と合わせても読者に訴える潜在力の高い作品だと言える。

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