フランセスカ・エクエアシ著『バター、ハニー、ピッグ、ブレッド』死産する運命の魂ọgbanjeが生きようと決めたこの世界で。ラムダ賞、ギラー賞最終候補作。
※このブログでは持ち込みをしたいなあと考えながらタイミングを逸してしまった作品や、持ち込み先が分からない作品を紹介しています。お気軽に問い合わせていただけるとうれしいです。レジュメも書きます。
今回紹介するのは、ナイジェリア移民でカナダに暮らすFrancesca Ekwuyasi(フランセスカ・エクエアシ)のデビュー小説Butter Honey Pig Bread。まずはタイトルに惹かれた。おいしそうでしょ(実際、舌なめずりしたくなるナイジェリア料理の描写がたくさん!!)。カナダの文学賞ギラー賞やラムダ賞の最終候補作にもなり、現在カナダで注目されている若手作家だ。
トニ・モリスンを彷彿とさせるシンプルで、美しい文体。これがデビュー作というのが信じがたい。

ギラー賞読書会でのインタビューで、彼女は次のようなことを言っていた。
「自分はアフリカ系の作家と呼ばれるけれど、歴史的にずっとこの大陸にいたわけではなく、生まれも育ちもナイジェリアだ。わたしにはディアスポラというか、自分のルーツを探るという意識があまりない。ナイジェリアの文化とカナダのわたしの人生がどちらもあって、それは切り離せない」
わたしもカナダに移民として暮らしたとき、「アジア系移民」としてくくられることに強い違和感と言うか、罪悪感のようなものを覚えたので、彼女のことばに強く共感した。そしてフランセスカさんの話し方にはなんだか不思議な魅力があって。インタビュー聴くとすごくインスパイアされます。英語のリスニングが苦痛でない方はぜひ!
さて、本作品はある母と娘たちの関係を軸に女性同士のさまざまな関係を描く作品だが、さいしょに紹介されるのは母であるカンビリナチだ。彼女は生まれるとき、自分が「ọgbanje」という死産する運命にある魂だと知っていた。ọgbanjeは、「来ては去る子供」という意味で、母親のお腹に宿るのは生まれるまで。気まぐれに留まったり、去ったりするため、母親を何度も死産で苦しめる悪霊だと捉えられている。しかしあるとき、カンビリナチは死なずにとどまろうと決意する。この世に生まれ、生きてみようと決める。その選択により、不思議な力を得たままこの世を生きるカンビリナチは人間だけど人間ではない存在として、どちらの世界にもいないような浮遊しているような生き方を強いられる。
やがてカンビリナチにも双子の娘が生まれる。ヨルバでは「ibeji」と呼ばれ、「ひとつの魂を分かち合った娘たち」という意味だ。名前はタイエとケヒンデ。物語は、この二人の娘とカンビリナチの関係をプロットに、ナイジェリア、英国のロンドン、加国のモントリオール、ハリファックスを舞台にして描かれる。姉妹のトラウマと秘密、母カンビリナチの魔力が、ナイジェリアのラゴスを舞台に紐解かれる。幼い頃のある出来事をきっかけに心を閉ざし、妹を罰し続けることを心の決めた姉の回復の物語でもある。それぞれの女性たちの視点からの語りが、章ごとに交互に展開される。
カンビリナチをこの世につなぎとめるもの、そして姉妹がつながりをなんとか取り戻そうとするなかで、主役級ともいえる扱いを受けるのがナイジェリアの家庭料理だ。バターとハニーは、姉のためにつくるチョコレートキャラメルケーキの中に。それから、女性の身体が受けるトラウマについてもかなり突っ込んだ描写が続く。とくにタヒエの語りには、女性であることと黒人であること、レズビアンであることなど様々なレイヤーが重なり合っている。生理や恋人への愛情、欲望の表現は、体内に入り込んでくるような生々しさと鋭さですごく印象的だった。そして学生時代のボビーとのエピソードが甘くてすき。
「バター、ハニー、ピッグ、ブレッド」。
エクエアシの素晴らしいライティングとともに、心ゆくまで味わい尽くしてほしい。
ちなみに飼い猫の名前がコカ・コーラなのもかわいい。それから、ナイジェリア語を訳さずにそのまま使用している点(フランス語もだけど)さまざまな人種やバックグラウンドが混じり合うストーリーにトロントが恋しくなった。
出版社 Arsenal Pup
刊行年 2020年
Goodreadsでのレビュー:https://www.goodreads.com/book/show/51168133-butter-honey-pig-bread